説明について
作成日時:2026-03-15
更新日時:2026-03-15
以下は、「人に物事を説明する」ことを考えたときの思考のメモ。
価値・原則・プラクティス
人に物事を説明する際には、その「価値・原則・プラクティス」を合わせて伝えなければ意味が無いと考えている。
「価値・原則・プラクティス」は、ケント・ベックが著書「エクストリーム・プログラミング(以降、XP)」においてXPを紹介する際に使用した概念である。
- 価値(Values): 何を目的として
- プラクティス(Practices): 何を行うか
- 原則(Principles):なぜプラクティスが価値に繋がるか
私はこの概念を、人に説明する際に使用する。
個人的にはどれかが欠けてはならない。
例えば、価値が分からない場合、自身が何のために作業をしているのかが分からなくなる。
その場合、その作業の改善といったプラスの動きは発生しない。
マグレガーとの接続
ふと思ったのは、「価値・原則・プラクティス」を全て説明するのは、あまりにも丁寧すぎる。
1から10まで仕事の説明をしなければならないのか?
説明にも時間がかかる。
マグレガーのX理論か?
“人は本来怠け者であるから”、1から10まで説明しなければならない?
じゃあ逆に、モチベーションが高ければ、「価値・原則・プラクティス」の一部は省略可能となるか?(Y理論)
価値だけは必須。何故ならば目的が不明だと、モチベーションが高くても動けない。
野中郁次郎との接続
著書「知識創造企業」の「ミドルアップダウンマネジメント」の章を思い出す。
- トップはあえて曖昧なビジョンを設定する。
- 部下はビジョンの意味を自ら考え、試行錯誤する。
- それによりイノベーションが生まれる。(またはSECIの循環?)
つまり、自ら考え行動するメンタルモデルを持っている組織であれば、「原則・プラクティス」を全て伝える必要はない。
むしろ伝えないことにより、アジリティとイノベーションの発生を促すのではないか。
価値だけは必須。ここにおける価値はビジョンだから。
自己のメンタルモデルの更新
「価値・原則・プラクティス」を全て伝えなければならないと思っていたが、組織や相手の状態次第では省略可能なこともある。
しかし、依然として「価値・原則・プラクティス」を全て伝えなければならないというメンタルモデルは変わらない。
情報はあったほうがいい。
なにより今の職場において、情報不足で自身が苦しんでいることを忘れるな。
認知
ふと思ったが、SECIモデルにおいて各個人のバイアスが入ったらどうなるか。
形式知に変換しても、言葉が正しく伝わることは無い。
言葉は各個人のメンタルモデルで解釈されるのだから。
だからこそ、メンタルモデルの共有という形の「場」や「SECIモデル」か。
野中の著書「ワイズカンパニー」は、個人的には「メンタルモデルの共有の本」と感じていたが、
もしかしてこのことを言っていたのか?
メモ
- 認知モデル(Cognitive Model)
- 情報をどのように知覚・処理・解釈するかという、脳の情報処理プロセスの構造です。
- 比較的低レイヤーな話で、認知科学・心理学の文脈で使われます。
- 「この人はこの情報をどう受け取るか」という処理の仕組み。
- メンタルモデル(Mental Model)
- 世界や物事がどのように機能するかについての、個人の内的な表象・信念体系です。
- 「世界はこういうものだ」という解釈の枠組み。
- ピーター・センゲが「学習する組織」で使った文脈では、無意識の前提や思い込みとして扱われています。